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私は、わたしであって、
私は、私以外のたくさんの何ものか。

それは、両親が育ってきた生き方が私の中にも入っているし、
私をとりまく、私以外のすべてのものの関連の中で生きているから。

だから、心の話を深めていくとき、
一つの言葉では言い表せない。
例えば説明できたとしても本当にそうなのか、一言では立証できない。
父や母やもっと前から言うとご先祖のかつての生き方や、状況や生きてきた環境や、
様々な自分以外のものを持っている個々の心と対話をするから、
何度も何度も繰り返しそのことについての言葉を発する。
その度に確認し、考え直し、「私」と話していく必要があったりする。

ただ単に、あなたはあなたです、ではないからだ。

そうして「わたし」について深めていったとき、
全部在ってわたしなんだと思う。

その中に、初めて自分固有の「こう生きたい」が見えてくるのだと思う。